« 「 学 校 だ よ り 」 平成19年度1月号 | Main | 2月の活躍 »

2008/03/16(日)

「 学 校 だ よ り 」 平成19年度2月号

Posted by 校長 野口直人 at 6:34 午後
Edited on: 2008/03/16(日) 6:53 午後
Categories: 001_お知らせ, 002_校長より

「新庄剛志の夢」


校  長  野 口  直 人


 今年度の3年生の「卒業文集」への原稿依頼を受けたとき、私は、すぐ“夢”について 何か書こうと思いました。それは、この3年生は、私が、この瑞江中学校に赴任したと同 時に入学してきた生徒達で、この3年間、“夢”について何度も話してきたからです。
  内容は、次の通りです。
  私は、一昨年プロ野球界から引退した新庄剛志が大好きです。野球人としてだけではなく、人間としての魅力を大いに感じるのです。
  君達には、3年間、夢をもつことの大切さを話してきましたね。新庄剛志は、夢の中で生きていると言ってもいいぐらい、大きな夢をもって生きているのです。だから、私は、尊敬もし、好きなんです。新庄剛志の夢は、とてつもなく大きく、だれが考えても無理なことなのに実現してしまうのです、次のように。
  [新庄の夢  その一]平成12年、当時、阪神に在籍していた新庄は、打率2割7分8厘、28本塁打、85打点の活躍で翌年の阪神浮上に期待を持たせる内容でした。阪神は、次の年から5年間で総額12億円という破格の報酬を用意していました。しかし、大リーガーになることを夢見ていた新庄は阪神との契約を蹴って、記者会見で大リーグのニューヨーク・メッツ入りを発表しました。今でこそ、日本人でも相当高額の年棒でメジャー入りしますが、新庄は、大リーグ最低保証年棒の20万ドル(約2200万円)でメッツと契約したのです。多くの人は、新庄はメジャーでは通用しないと嘲笑していました。その結果は、初試合、初打席で勝利のきっかけとなるセンター前ヒットを放ち、その年、レギュラーに定着したのでした。
  [新庄の夢  その二]平成16年、日本ハム前半戦最後の試合のヒーローインタビューで「今度のオールスター戦のMVPは僕のものです」と予告し、第二戦でその通りになったのです。しかも、オールスター戦のMVPは、阪神時代に続いて二度目で、セ・パ両リーグでの獲得は落合、清原に続いて史上三人目の快挙でした。
  [新庄の夢 その三]3年間の大リーグ生活の後、平成16年日本球界に復帰し、日本 ハム・ファイターズに入団しました。入団会見の際に、新庄は「札幌ドームを満員にする」「チームを日本一にする」この二つを目標に掲げました。当時は、どちらも絵空事のように思 われていましたが、どちらも実現してしまうのです。しかも、平成18年4月18日、オリックス戦後のヒーローインタビューでそのシーズン限りの引退宣言をし、その年に25年ぶりのリーグ優勝、44年ぶりのシリーズ優勝を成し遂げたのです。日本では、シーズン終盤に引退宣言することはあっても、シーズン当初に引退宣言することは、前代未聞のことでした。日本一決定時には、現役最後の試合での日本一に感涙する新庄を、チームメイトはヒルマン監督をさしおいて真っ先に胴上げし、最後まで前代未聞続きの新庄は、四度宙を舞ったのでした。
  新庄は、夢を実現するだけではなく、観客に、色々な夢も分け与えたのです。“かぶり物”もその一つで、かえる、ゴレンジャー、スバイダーマン、顔の中に顔などのかぶり物で大変楽しませてくれたものでした。
  また、阪神時代、ヒーローインタビューで「明日も勝~っつ!」と宣言したら、次の日から12連敗するなど、たまに大きく裏切ることも、逆に新庄の魅力になっていたのでした。
  新庄の著書に『ドリーミング・ベイビー』というエッセイがあるように、新庄はまさに “夢”の落とし子だったのです。
  ぜひ、君達も、新庄のように常に夢の実現を目指し、たとえ結果がついて来ないときも前向きにプラス志向を忘れないでください。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・と、こんな具合です。
  皆様も、ぜひ、『大きな大きな夢』を!!